スッキリ「イチローの引退会見特集」日テレ3月22日 イチローの引退会見を放送

2019年3月22日に日テレのスッキリで放送された「イチロー引退会見特集」をまとめました。イチローの引退会見の放送時間が深夜だったこともあり見逃してしまった方へ、イチローの引退会見の放送や新人時代、メジャーリーグ挑戦の偉業をまとめています。

イチロー引退会見放送のまとめ

イチロー選手が記者からの質疑応答に答えていた場面が放送されていたため、まとめました。

 

Q・今までの28年間で一番印象に残っていることは?

A・「今日がもっとも特別。あるときまでは自分だったが、マリナーズに行ったあたりから人のために喜んでもらえるようになりたいと思い、ファンの存在なくして頑張れないと思った。」

 

Q・イチロー選手が貫いたもの、貫けたものは?

A・「野球のことを愛したことだと思います。これが変わることはなかったです。」

 

会見ではイチロー選手のこんなコメントも!(この質問見逃してしまいました💦ごめんなさい。)

仰木監督と出会ってレギュラーで初めて使っていただいたんですけども、この年までですね、楽しかったのは。あとはなんかね、そのころから急に番付あげられちゃって一気に。それがしんどかったです。でもそういう時間を過ごしてきて将来はまた楽しい野球がやりたいなというふうに。これは皮肉なものでロ野球選手になりたいっていう夢がかなった後はそうじゃない野球を夢見ている自分があるときから存在したんですね。でもこれは中途半端にプロ野球選手を過ごした人間にはおそらく持っていないもの。趣味で野球をやる、例えば草野球ですよね。草野球に対してやっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと草野球を楽しむことは出来ないのではないかというふうに思っているので、これからはそんな野球をやってみたいなという思いですね。」

 

Q・現在45歳のイチロー選手は50歳まで現役でありたいと公言していましたが。

A・「確かに最低50歳までって本当に思っていたし、まあそれはでもかなわずで、有限不実行の男になってしまったわけですけど。でも、その表現をしてこなかったら、ここまで出来なったかもなという思いもあります。言葉にすること、難しいかもしれないけど言葉にして表現することというのは目標に近づく一つの方法ではないかなと思います。」

 

Q・今後はどうするのか。

A・「今は分からないですね。でも多分明日もトレーニングはしていますよ。それは変わらない。じっとしていられないから、それは動き回っているでしょうね。だからなんかゆっくりしたいとか全然ないんですよ。全然ないんです、多分動き回っていますよ。」

 

イチロー野球史に歴史を刻んだ偉業

高校卒業後

イチロー選手がプロへの第一歩を刻んだのは、高校卒業したばかりの1991年(平成3年)の当時18歳のときにドラフト4位でオリックスに入団します。

プロの3年目から1軍に定着。するとその年の1994年(当時21)歳で

日本プロ野球史上初200安打達成

打者として史上最年少MVP獲得

など活躍しています。

 

日本記者クラブでの会見時

日本気者クラブで会見を開いたときにイチロー選手(当時21歳)は

「元来、こういう場所で1人でしゃべるのは大変苦手なので、ちょっとしたあいさつで終わるかと思いますがよろしくお願いします。皆さんのご支援により自分でも驚くような成績を残してしまいました。」

と語っていました。

そこからイチロー伝説が幕をあがり平成の時代を代表する

平成のスーパースターへの階段を駆け上がっていったのです。

 

阪神・淡路大震災時は

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災のときはオリックスの本拠地がる神戸市はじんだいな被害を受けました。

イチロー選手は震災からの復興を目指す神戸のシンボル的存在として活躍が注目されました。

すると、その年の1995年(当時22歳)に

首位打者・打点王・盗塁王などのタイトルを獲得

オリックスのパ・リーグ優勝に大きく貢献

しました。

 

1996年のイチローは?

1996年(当時22、23歳)のときは、日本シリーズで巨人VSオリックス戦

で巨人と激突すると・・・イチロー選手はホームラン放つなどの大活躍

日本一の立役者となりました。

 

1999年はイチローは?

1999年(当時26歳)にはアナウンサーの福島弓子さんと結婚しました。

福島さんはイチロー選手より8歳年上でアナウンサーでした。

 

2000年のイチロー選手は?

2000年のプロ9年目は日本球界でプレーする最後のシリーズには

プロ野球史上初・7年連続首位差打者

という金字塔を打ち立てるとイチロー選手は海を渡りました。

イチローがメジャーリーグ移籍

アメリカのメジャーリーグへの移籍では

日本人初・野手でのメジャーリーガー

になったのです。

シアトルマリナーズへの入団会見ではイチロー選手は次のように語っています。

「今の僕の気持ちは無事に契約を結ぶことができ、そしてそれをこうして皆さんの前で報告できる日を迎えられて心から喜んでいます。」

 

2001年メジャー移籍後のイチローは?

メジャーリーグへの挑戦を決めた2001年(当時27歳)から

シアトルマリナーズに入団、メジャー1年目の戦いが始まりました。

新人としてシーズン最多242安打を記録

本場アメリカのファンを驚かせました!

さらに2004年(当時30歳)で迎えたメジャー4年目には262安打

を放ちシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新しています。

メジャーリーグの記録をイチロー選手が塗り替えています!!

 

このとき日本テレビの情報番組が突撃(2004年11月)するとイチロー選手は

「210本打った94年というのは野球選手として完成していなかったですし、こわさを知らずに突き進んでいたシーズン。今日のこの記録はいろんなこわさを知って…さっき言ったじゃないですか、もう酔っぱらっているんですから。」

とユーモアを交えて話していました。

プレイヤーとして進化をすると同時に恐怖心も芽生えたという本音が語られました。

 

また、メジャー新人の頃には

「ぼくがアメリカに2001年に来たときに日本でどんな実績があろうとも『なめんじゃねぞ!メジャーリーグを。どれだけのもんだお前』というような雰囲気をものすごく感じた。」

とも話していました。

 

記者からの質問で記録を打ち立てたときの原動力は?と問われると

「野球が好きだということ。」とイチロー選手は回答。

また野球少年たちにメッセージを求められると…イチロー選手は

「ぼくがこちらに来て強く思うことは体がでかいことに意味はない。自分は大リーグに入ってしまえば一番小さい部類、僕でも大リーグで記録を作ることができた。これは日本だけじゃなくアメリカの子どももそうですけど、自分自身の可能性をつぶさないでほしい。」とメッセージを送っていました。

 

2006年に開催されたWBC(第1回)では?

イチロー選手の活躍に日本が沸いたのは、野球の世界一を決める大会で2006年に開催されたWBC(ワールドベースボールクラシック)でした。

侍ジャパンの一員として日の丸を背負い世界一の栄冠をつかみました。

するとイチロー選手は喜びを爆発させました。

大貞治監督が「諸君は素晴らしい!今日はおもいっきりやろうぜ!」と声をかけるとビールかけが始まり、

後輩らから祝勝のビールをかけられるとイチロー選手は「先輩を敬え!もっと!」と楽しそうに声をあげていました。

 

2009年に開催されたWBC(第2回)では?

3年後の2009年に開催されたWBCの第2回大会でも決勝に勝ち上がりました。

延長10回、韓国との激闘に終止符を打ったのが、スーパースターイチロー選手です。

延長10回で決勝タイムリーを放つと侍ジャパンを連覇に導きました。

優勝 WBC連覇です。

ヒーローとなったイチロー選手が世界一を決めた打席をこう振り返りました。

イチロー選手「ここで打ったら俺もっているかなとか、ごっつい視聴率だなとか、そんな余計なことをかなり考えていました。」

 

マリナーズから移籍

メジャー12年目の2012年にマリナーズからニューヨーク・ヤンキースに移籍します。

このときの会見でイチロー選手はこんなコメントを残しています。

「結果的には、一番勝っていないチームから一番勝っているチームに行くのでテンションの上げ方をどうしようかなと思って。」と語っていましたが、

移籍翌年の2013年(当時39歳)でイチロー選手は日米通算4000安打の偉業を達成します。

野球と向き合ってきた哲学をイチロー選手は

「これからも失敗をいっぱい重ねていって、たまに上手くいくという繰り返しだと思うんですよね。うまくいかなかった時間と自分がどう対峙するかによるものだと思うので、なかなか上手くいかないことと向き合うことはしんどいですけど、これからもそれを続けていくことだと思います。」

と語っていました。

 

シアトル・マリナーズに復帰

昨シーズンからシアトル・マリナーズに復帰し、50歳まで現役と公言しグラウンドで躍動することに意欲を燃やしていました。

45歳で迎えた今シーズンの開幕では、平成最後の年にイチロー選手は日本に凱旋しました。

記者の「日本の雰囲気どうですか。」という直撃質問に対して

イチロー選手は「いいよ、すごくいい!東京のファン最高!ありがとう!」と答えていました。

このときは、誰も引退するだなんて思っていなかったのだと思います。

 

イチロー選手の今後は?

深夜の記者会見時に今後、監督やコーチになるのか質問されたイチロー選手は、

どうしようかー。何になる?監督は絶対無理ですよ、これは絶対がつきますよ。人望がない、本当に。人望がないんですよ、僕。」

さらに記者から、そうでもないと思うんですけど…と質問されると

イチロー選手は「いや、無理ですね、それくらいの判断能力は備えているので。ただどうでしょうね…

と言葉を濁した様子だったので、もしかしたらイチロー選手が再びユニホームに袖を通すことがあるかもしれません。

 

イチロー選手の現役生活を支えた家族に対して

イチロー選手の現役生活を支えた妻・福島弓子さん

妻に対してイチロー選手は、

「いやー、一番頑張ってくれましたね。一番頑張ってくれたと思います。僕はアメリカで結局3089本のヒットを打ったわけですけど、妻はおよそ…僕はゲーム前にホームの時はおにぎりを食べるんですね。妻が握ってくれたおにぎりを球場に持って行って食べるわけですけど、その数が2800個くらいだったんですよ。3000個いきたかったみたいですね。そこは3000個握らせてあげたかったなと思います。妻もそうですけどとにかく頑張ってくれました。これは…僕はゆっくりする気なけですけど、妻にはゆっくりしてもらいたいというふうに思っています。」

 

飼い犬に対しては?

イチロー選手の飼い犬である一弓(いっきゅう)に対してのコメントは、

「一弓(いっきゅう)というのは、ご存じない方もいらっしゃると思うんですけど、我が家の愛犬ですね、柴犬なんですけど。」

と話してこれ以降は放送でコメントが確認できなかったのですが、調べたところによると

一弓は、17歳くらいの老犬になるため、イチロー選手は自身が現役生活を終えるまで一緒にいることができると思っていなかった、長生きしてくれていることを嬉しそうに思っているようです。

 

イチロー選手が語る野球の魅力とは?

イチロー選手にとって野球の魅力とはなんなのでしょうか。

「団体競技なんですけど、個人競技だというところですかね。これは野球のおもしろいところ。チームが勝てばそれでいいかというとそうじゃない。個人としても結果を残さないと生きていくことはできないですよね。本来はチームとして勝っていればチームとしてもクオリティーは高いはずなので、それでいいんじゃないかという考え方も出来ると思うんですけど、決してそではない。その厳しさがおもしろいところかな、おもしろいというか魅力であることは間違いない。あとは同じ瞬間がないということ。必ず、必ずどの瞬間も違うということ。これは飽きがこないですよね。」

 

イチロー選手のかつてのチームメートの声

2019年3月21日にスッキリがインタビューしたのは、オリックスとマリナーズでイチロー選手のチームメートだった

長谷川滋利さんです。

イチロー選手の数々の偉業の陰には想像を絶する練習量があったと言えます。

インタビューで長谷川さんは「彼がオリックス時代の話なんですけど、正月の1日2日から僕たちは三が日はゆっくり遊びにいくじゃないですか。彼はその時からずっと朝からバッティングマシンで打ったりとか、(自分たちが)遊びから帰ってきて寮に戻ってくるとまだ打っていることがあった。とにかく練習の虫というか。」

 

50歳まで現役と話していたイチロー選手の勇退について長谷川さんは、

「2人でよく話していたのは、僕はホームプロレートに球が届かなくなるまで。彼はファーストベースに走れなくなるまで。50歳までとずっと言っていたので。僕は半分冗談だったんですけど、彼は本気だと思っていた。メジャーリーグじゃなくても、50歳までやる彼の姿は想像していた。決して完璧な人間じゃない、強い人間じゃない中で、あれだけのイチロー選手を“演じられた”と言ったら怒られるんですけど、本当にご苦労さま、お疲れさまとお伝えしたい。」

50歳までメジャーリーガーとして活躍する姿を見たかったと長谷川さんはいいます。

 

イチロー選手から若きスーパースターにエールを!

大谷翔平選手へは?

イチロー選手は、日本人メジャーリーガーの若きスーパースター候補であるロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平選手にエールを送りました。

「翔平はちゃんとケガを治して、スケールも物理的にも大きし、アメリカの選手に全くサイズ的にも劣らない。あのサイズであの機敏な動きが出来るっていうのは、いないですからね、それだけで。世界一の選手にならなきゃいけないんですよ。」と話しました。

頑張る子どもたちへは?

記者会見で、子どもたちへのメッセージを求められたイチロー選手は、

「シンプルだなぁ、メッセージか、苦手なんだぁ、僕が。野球だけなくてもいいんですよね、始めるものは。自分が熱中出来るもの、夢中になれるものを見つけられれば。それに向かってエネルギーを注げるので。そういうものを早く見つけてほしいなと思います。それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける、向かうことが出来ると思うんですよね。それが見つけられないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので、いろんなことにトライして自分に向くか向かないかというよりも、自分が好きなものを見つけて欲しいなと思います。」

 

深夜の会見終了時の様子

深夜に始まったイチロー選手引退会見は、およそ1時間半に及びました。

会場でお時間が迫ってまいりましたとアナウンスされるとイチロー選手は、

「おなか減ってきたもう、けっこうやってないですか?今時間どれくらい?(会見開始から)1時間20分?あら~。今日おはとことんおつきあいしようかなと思ったんですけどね、お腹減ってきちゃった。いや~、長い時間ありがとうございました。眠いでしょ、皆さんも。じゃあ、そろそろ帰りますか、ね?ありがとうございました。皆さん、お疲れさまでした。」

と話し、拍手で見送られ会場を後にしました。

 

◆関連リンク

ZIP!「イチロー引退に芸能界は?」日テレ3月22日 イチローの引退会見を放送

 

まとめ

文章が大変長くなり、また更新が昨日のうちにできなかったのですが、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

こうしてイチロー選手のプロデビューから、引退までを見ると本当に努力の絶えない日々だったんだなと感じます。

会見では、数々の偉業を達成されたイチロー選手だからこそのコメントが印象的でした。

今後はまだ未定ということですが、また野球に携わるか、それとも別の道を進むのか…

ひとまずゆっくりしてほしいと思いました。

イチロー選手本当にお疲れさまでした。